
前回【僕とWINOの黄金時代 – 「Not Alone」から『EVERLAST』- 解散まで】からの続き。バンド解散発表時の想いなどは【2002年の君へ – WINO “afterwords” 2025年12月28日】にも記載しているので読んで頂けると幸いです。

前回【僕とWINOの黄金時代 – 「Not Alone」から『EVERLAST』- 解散まで】からの続き。バンド解散発表時の想いなどは【2002年の君へ – WINO “afterwords” 2025年12月28日】にも記載しているので読んで頂けると幸いです。

前回【僕とWINOの黄金時代 – 「Sullen Days」から「Go Straight Song!」まで】からの続き。志望校だった明治学院大学に何とか合格し、2002年から大学1年生になった。明学は軽音楽部が乱立していた。マンモス軽音サークル「ライトミュージックソサエティ(L.M.S)」、ミッシェル・ガン・エレファント(TMGE)のウエノコウジさんとクハラカズユキさんが入っていた世界民族音楽研究会(通称セミ研)、チバユウスケさん、フィッシュマンズの佐藤伸治さん、柏原譲さん、茂木欣一さん、the castanetsのメンバーが入っていた「ソングライツ」、マニアックな猛者たちが集う「現代音楽研究会(通称・現音)」が主な軽音楽部であった。私はこの4つには入らず、非常に小さな軽音サークル「L.M.C.」に加入した。そのサークルにはUKロック好きでWINOを知っている方が部長だったこともあって、加入を決めたのだった。

前回【僕とWINOの黄金時代 – 「ain’t gonna lose」から「THE ACTION」まで】からの続き。2000年4月は高校3年生になり、さらに様々な音楽を聞くようになっていった。ロック中心ではあったものの、最新の洋楽・邦楽から、オールディーズまで、時間が足りないほど漁っていた気がする。

前回【僕とWINOの黄金時代 – メジャーデビューから『Useless Music』まで】からの続き。
日比谷野外大音楽堂で4月11日に開催されたロックフェス【勇気ある子供達が時代をつくる 1999】に行ったのを覚えている。ちなみに1998年も参加した。1999年のトリはWINOが務めた。出演者の中でも一番の評価と期待を得ていたからだろうか。ほかの出演者の中ではガレージ/グランジ系のロックバンド’elseも追っかけするほど好きだったし、LD&KのネオアコバンドRoboshop Mania、After me、大久保海太など当時よく聞いていたバンドばかりで、私の中ではかなり豪華だった。チケット価格は西暦の数字だったはずなので確か1,999円。

【2002年の君へ – WINO “afterwords” 2025年12月28日】からの続き。
【WINO LIVE “afterwords” 12/28/2025】を見に行くので、ちょうどいい機会かと感じていたので、当時を振り返ってみたいと思う。あくまでも自分の視点だし、はっきりと覚えていないこともあるので、間違いが分かった時点で修正していきたいと思う。その点についてはご了承頂きたい。

1998年メジャーデビュー、2002年に解散したバンドWINOがバンド編成でのライブを23年ぶりに行う。
WINO LIVE
“afterwords”
12/28/2025